融資に強くなる講座|今井税理士事務所 Webコラム

「自社には担保に入れられるような不動産がないから、大きな借入や思い切った設備投資は難しい……」

多くの経営者の方が、一度はこのような壁にぶつかったことがあるのではないでしょうか。日本の銀行融資は長年、不動産などの有形資産や、経営者個人の資産・信用を担保に取るスタイルが「当たり前」とされてきました。しかし、2026年5月25日に施行された「事業性融資推進法」により、この融資の常識が根底から覆ろうとしています。新制度「企業価値担保権」の誕生です。

本記事では、上野・台東区を拠点とする今井税理士事務所が、この新しい仕組みが中小企業にどのようなチャンスをもたらすのか、そして私たちがそれをどう冷静に見極めていくべきかを解説します。

📋 この記事のポイント

  • 「企業価値担保権」とは何か?従来融資との違い
  • 地域中小企業・老舗企業にこそチャンスがある理由
  • 銀行の審査が「過去」から「未来」へ変わる
  • 国の期待と、現場で持つべき冷静な視点
  • 経営者が今から取り組むべき2つの準備

1.「企業価値担保権」の基本と、経営者が得る最大のメリット

新しい「企業価値担保権」とは、一言で言えば、不動産などの目に見える特定の「モノ」ではなく、会社の「事業そのもの」を丸ごと担保にする仕組みです。これには、会社が保有する設備や在庫だけでなく、独自の技術・ノウハウ、長年培ってきた顧客ネットワークやブランド、そしてそれらが生み出す「将来のキャッシュフロー(稼ぐ力)」までが含まれます。

これまでの物的担保融資では、会社が倒産した場合には社長個人の自宅や財産まで失うリスクを背負うのが通例でした。しかし企業価値担保権では、融資のリスクを社長個人ではなく、会社全体の事業価値そのものでカバーします。そのため、法律の規定(第34条)により、原則として経営者保証を求めることが制限されることになりました。これにより、社長個人が過度なリスクを背負うことなく、前向きな経営に挑戦できる環境が整えられます。

比較項目 従来の物的担保融資 新しい「企業価値担保権」による融資
主な担保対象 土地・建物(不動産)、機械などの有形資産 会社の総財産(技術・顧客基盤・将来の稼ぐ力含む)
経営者保証(個人保証) 原則として必須
(社長が連帯保証人になる)
原則として不要・制限
(個人のリスクを排除)
対抗要件・手続きコスト 個別資産ごとに抵当権設定
(登記費用が膨大)
商業登記簿への一括登記
(一律3万円と低コスト)

🏦 元銀行員のワンポイント解説

この制度が持つ意味を、現場の感覚でお伝えすると、「銀行が見る世界が根本から変わる」ということです。

銀行員時代、ある老舗の卸売業の社長から設備投資の融資相談を受けたことがあります。地域の得意先と長年にわたる固い信頼関係を築き、安定した売上を持つ優良企業でしたが、不動産担保に乏しいという理由で融資枠の拡大が難しい状況でした。「この会社には本物の事業価値があるのに」と歯がゆい思いをしたのを、今でもよく覚えています。

企業価値担保権は、まさにそういった「見えにくい価値を持つ企業」のための制度です。ただし、その価値を「数字と言葉で銀行に説明できるか」が問われる時代でもあります。これまで以上に、事業計画書や財務資料の質が審査の可否を左右するようになります。

2.「ITベンチャーだけの話」ではない!地域中小企業のリアルな活用シーン

「将来性や目に見えない価値を担保にするなんて、どうせ最先端のITベンチャーやハイテク企業だけの話だろう」と思われるかもしれません。しかし、国の真の狙いはここにありません。この制度が本当に威力を発揮するのは、地域に根を張り、真面目に事業を続けてきた中小企業や老舗企業です。

たとえば、以下のような具体的な場面で、この新しい資金調達の手法が大きな助けとなります。

親族内・従業員への事業承継

後継者へ会社を譲りたいが、先代が残した多額の借入金の個人保証まで一緒に背負わせたくないという場合です。新体制での事業計画の将来性を評価してもらうことで、経営者保証を外した状態でスムーズなバトンタッチが可能になります。

前向きな設備投資・DX投資

「最新の機械を導入すれば確実に売上を伸ばせる確証がある」にもかかわらず、手持ちの不動産担保が少ないことで銀行から融資を断られていたケースです。投資後のキャッシュフロー改善見込みが評価の対象となります。

実効性のある事業再生・経営改善

現在は足元の業績が赤字で苦しんでいるものの、コアとなる職人技術や長年の顧客基盤がしっかりしており、合理的な立て直し計画(事業再生計画)がある場合です。過去の数字ではなく、これからの復活の道筋に対して資金が供給される道が開けます。

3.銀行の審査スタンスの変化:審査の目線は「過去」から「未来」へ

企業価値担保権の導入に伴い、銀行が融資を審査する際の視点はガラリと変わります。これまでは「過去の決算書(3期分の実績など)」や「現在の不動産査定額」という、過去と現在の数字を突き合わせる確認作業が中心でした。

しかしこれからは、「この会社は今後、どのように事業を展開し、毎年のキャッシュフローを生み出していくのか」という未来のストーリーが中心になります。融資の金額も、「その事業計画を達成するために、本当に必要な資金はいくらか」という観点で、銀行と対話しながら決めていくことになります。

万が一、融資の途中で事業計画が未達になったり、事前に取り決めたルール(コベナンツ)に抵触したりした場合でも、銀行がすぐに担保権を実行して会社を差し押さえるようなことはありません。法律の設計上、ルールの抵触は「即座に一発アウト」ではなく、経営者と銀行が膝を突き合わせて計画を修正するための「前向きな対話の契機」と位置づけられています。

4.国の大きな期待と、私たちが現場で持つべき「冷静な視点」

国の施策としての狙いは非常に明確です。この制度を普及させることで、これまでの銀行業務を「単なるお金の貸し借り業」から、企業のリスクを共に背負い、事業を一緒に成長させる「真のパートナー」へと変革させたいという強い期待が込められています。金融庁もガイドラインを整備し、銀行に対して物的担保に頼らない融資を強く促しています。

しかし、ここで私たち中小企業経営者が持つべきなのは、法律ができたからといって手放しで喜ぶのではなく、実務の現場をしっかりと見据える「冷静な視点」です。長年、日本の金融界に深く染み付いてきた「担保依存・保証人依存」の文化が、新しい法律が施行されたからといって、明日から急に現場の末端まで変わるでしょうか。現実的には、そう簡単ではないと考えられます。

🏦 元銀行員のワンポイント解説

制度への期待とともに、現実的な視点も持っていただきたいと思います。銀行は組織である以上、現場担当者が単独で「事業の未来価値を評価して融資を決定する」のは、上司や審査部の承認を得る必要があり、実際には時間がかかります。

以前、台東区エリアで製造業を営む社長の融資審査に立ち会ったことがあります。その社長は高い技術力と固定客を持ち、事業の将来性は誰の目にも明らかでした。しかし当時は「担保の不動産がない」という一点で審査が難航しました。もし今の制度があれば、結果は大きく違っていたはずです。

大切なのは、制度の施行を「追い風」として活用しながら、銀行員が稟議を通しやすい形で情報を整えてあげることです。「なぜうちの事業は将来も稼げるのか」を端的に説明できる資料の整備が、次の融資交渉・銀行対策を有利に進める鍵になります。

5.新しい時代を生き抜くために、経営者が今から準備すべき2つのこと

銀行の体制移行には時間がかかるかもしれませんが、融資のトレンドが「過去の実績」から「未来の計画」へとシフトしていく大きな流れ自体は間違いありません。経営者保証のない有利な融資・資金調達を引き出せる企業になるために、今から取り組むべき準備は以下の2点に集約されます。

「自社の目に見えない強み」を言葉にし、合理的な事業計画書に落とし込む

決算書の数字だけでは分からない、御社独自の技術、職人のノウハウ、顧客との固い信頼関係などの「無形の価値」を、銀行員にも伝わる言葉で言語化してください。そして「どうやって売上を上げ、キャッシュフローを生み出して返済するのか」という裏付けのある事業計画書(未来のストーリー)を作る準備を始めましょう。

銀行に対して情報をオープンにし、「対話」ができる関係を作っておく

企業価値担保権融資の土台は、銀行との絶対的な信頼関係です。業績が良い時だけでなく、悪い時こそ早めに情報を開示し、日常的に相談できるパイプを作っておくことが、将来的にこの制度を活用するための最大の武器になります。

💡 税理士のワンポイント解説

「融資の話なのに税理士が関係あるの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はここに大きな接点があります。

以前、上野エリアで飲食店を複数店舗経営されている方から相談を受けました。「銀行に事業計画書を持っていったが、数字の根拠が弱いと言われて融資審査が通らなかった」とのことでした。その計画書を拝見すると、売上目標は書かれていても、「その数字がどの決算データを根拠にしているのか」「税引き後のキャッシュで本当に返済できるのか」という検証が抜けていたのです。

銀行が求める「未来のストーリー」は、必ず過去の決算書・試算表の数値と整合している必要があります。税理士は決算書・試算表・税務データという「数字の源泉」を握っています。融資に強い顧問税理士と二人三脚で事業計画書を作ることが、新しい時代の資金調達の正攻法です。

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【出典・参考情報】

本記事は、「経営サポートナビ 2026年7月号」掲載の「資金調達の新常識 2026年5月施行 『事業性融資推進法』で何が変わるか」をもとに、今井税理士事務所が加筆・編集したものです。制度の詳細については、金融庁・中小企業庁の公式情報をあわせてご参照ください。

【免責事項】本記事は公表時点の情報をもとにしています。制度は改正されることがあり、個別の取り扱いは状況により異なります。実際のご判断は税理士等の専門家にご相談ください。

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